東大阪の新築一戸建て・自由設計をてがけるエトワールヴィル CENTURY21 新星不動産販売

BLOG

岸田堂

2022年03月11日

この辺りも古代においては、土地が低く長瀬川や平野川が氾濫し野原が広がっていたと思われます。
「岸」または、「岸田」は地形から付けられた名で、「堂」は慈眼山長楽寺と言われています。
長楽寺は敷地が広く(東西60メートル、南北36メートル)立派なお寺で、建治3年(1277年)の梵鐘もありました。
特に有名なのは本尊の十一面観音は疱瘡を治す仏様として信仰を集めました。このことは「河内志」にも紹介されていました。
江戸時代に黄檗宗万福寺の末寺となり、明治になって神戸に移築されました。
(長楽寺の跡は岸田堂公民分館の辺りになります。)
神戸の関帝廟に「長楽寺の手水鉢」 貞享3年(1686年)がございます。

エトワールヴィルでは、新規分譲を引き続き行って参りますので、新着情報をお見逃しなく!

モデルハウス御厨東のご紹介

2022年02月24日

まだまだ寒い日が続きますが、皆様ご体調の方はいかがでしょうか?週末くらいから少しずつ暖かくなるようですので、もう一息ですね。

さて、本日は当社の御厨東のモデルハウスをご紹介いたします。

まず立地の方ですが、御厨東1丁目に位置しておりまして近鉄奈良線「八戸ノ里」駅より徒歩10分で通学、通勤に便利な立地となっております。

また、近くにはダイエー東大阪店、市立東大阪医療センターもあるので生活に便利な環境となっております。

こちらのモデルハウスは3月半ばには完成予定となっておりますので、ぜひ一度実際にご覧になってはいかがでしょうか。

ご希望の日時をおっしゃっていただければ、いつでも内覧は可能ですのでお気軽にお問い合わせくださいね。

お問い合わせ先
電話0120-826-100またはホームページ右端のタブ(ご来店・ご来場・リモート予約)からお気軽にお申し込みください♪

NEW!モデルハウス建築中です♪

2022年01月28日

皆さま こんばんは!
新たなモデルハウス建築中のご案内です。

場所は当社新築分譲地【源氏ケ丘Ⅱ】です。
閑静な住宅街として人気の源氏ケ丘エリア、日当たり・風通しともに良好な角地です。

これから当社自慢のアクアフォーム断熱材工事、外壁工事、内装工事、住宅設備工事と進んでいきます。

是非、最新の建築工法、充実のモデルハウス設備をご覧ください。

皆さまのお問い合わせをお待ちしております。

https://sinsei-fudousan.co.jp/etoile-ville/096_genjigaoka2_kado

新家

2022年01月27日

新家

「新家」は、新しくできた村の意味で以前は若江郡新家村、さらに意岐部村字新家と呼ばれてきました。
17世紀の初め織田信長、豊臣秀吉に敗れた紀州の根来衆の一人、規矩九右衛門がこの地に移り住んだのが新家の始まりで、
元和元年(1616)といわれています。
規矩家の四代目庄左衛門は幕府御用と勤める高名な商人で、宝永元年(1704)の大和川が付け替えられると、
長瀬、楠根、玉串の三川の川床に合計68町歩の新田を開発しました。

それぞれに屋号「菱屋」をつけ、菱屋西新田、菱屋中新田(藤戸新田)菱屋東新田としました。
暗峠越え奈良街道の北側に沿う新家の町並みが残っており、菅原神社には菱屋新田の開発者、菱屋庄左衛門寄進の鳥居があります。

「エトワールヴィル御厨東1丁目」「エトワールヴィル御厨中2丁目」は、この「新家」の近くに位置しており
間もなく完成いたしますので、是非、見学にお越しください。

 

 

 

御厨中モデルハウス建築中♪

2022年01月20日

まだまだ寒い日が続きますが、皆さま体調の方はいかがでしょうか。

本日は御厨中のモデルハウスについてご紹介いたします。
立地は近鉄奈良線「八戸ノ里」駅 徒歩約8分で通勤・通学に便利な場所となっております。

また、当社の設備はリクシル、パナソニックを中心とした一流メーカーのものを使用しておりますので、皆さまご納得いただけると思います。

ご興味ございましたら、ぜひモデルハウスをご内覧ください!!

お問い合わせ先

電話0120-826-100またはホームページ右端のタブ(ご来店・ご来場・リモート予約)から
お申し込みください♪

ドローン撮影 第2弾!

2022年01月10日

皆様、こんにちは。
本日はドローン撮影 第2弾のご案内です。

下記のサイトからご覧ください。

場所は【エトワールヴィル小阪北Ⅰデリシア】。
当社新築分譲の中で、最も多くのお問い合わせを頂いている分譲地になります。
近鉄奈良線「河内小阪駅」を最寄り駅とし、学校区、生活環境ともに優れた有数の立地です。
全14区画の分譲地は、子育て世代を中心とした街づくりを意識して、分譲地内にはモデルハウスもございます。

是非、皆様のお問い合わせ、ご来場をお待ちしております。

https://sinsei-fudousan.co.jp/etoile-ville/0086_mikuriyanishinocho1/

明けましておめでとうございます。

2022年01月07日

明けましておめでとうございます。
今年も東大阪の地名について深掘りして参りますので、よろしくお願いいたします。

今回は足代(あじろ)です。

東大阪市最大の市街地である布施、そのさらに中心にある「足代」の地名については、
そのいわれを示すような古い神社や史跡など見あたりません。しかし、実は衣摺等の地名と並んで
東大阪の中でも古い地名ではと考えられています。

四天王寺創立の経緯を示した「四天王寺御手印縁起」(国宝)に物部守屋と蘇我馬子との戦い
で敗れた広大な守屋の所領が蘇我氏側であった厩戸皇子の所領となりました。その中に
「足代地ー渋川郡梓里」とあります。
また、この足代地域は、今から7000年前頃(縄文前期)には入り込んだ大きな湾になっ
ていて、古代には葦の生い茂る湿地帯に変わっていたと思われます。川の浅瀬に竹や木・葦をあみ連ねて
魚を獲る仕掛けを網代とよび地名の足代は、魚を獲る網代が「足代」に変化したという説もあります。

現在、荒川に鎮座する延喜式内社「都留弥神社」はもともと足代にあったものであり、大正
3年、明治22年に合併した布施村旧村の八つの神社を合祀して旧荒川村村社鹿島神社の社地
であった現在地に移しました。祭神の速秋津日子神、速秋津比売神は港、河口の守り神といわれています。
後に、雨乞い・農耕の神として崇敬されてきました。

中世には足代荘という荘園があり繁栄しました。さらに江戸時代になると街道の往来が盛ん
になり、この足代は奈良街道と十三街道の分岐点として交通の要所になりました。特に奈良街
道は大阪玉造から、吉田、豊浦、暗がり峠を経て奈良に至る本街道で、大和、伊勢に向かう旅
人で大変賑わい、この時代、足代から深江一帯で作られた笠(足代笠)などの菅製品が特産物
として知られていました。伊勢参りをする旅人たちにこの菅笠は大変重宝がられ旅人は争って
菅笠を買ったといわれています。

エトワールヴィル スタッフ一同「お客様にピッタリのおうち探し」をサポートいたしますので

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

PAGETOP